《話したくないこと 英語の勉強 布団を干す》
ミクストメディア、映像(13分7秒)
2013年 – 2015年
Exhibition
・「話したくないこと 英語の勉強 布団を干す」
2013.6.12 – 6.23
小金井アートスポットシャトー2F
Photo by 高島圭史
・「群馬青年ビエンナーレ2015」
2015.1.24 – 3.22
群馬県立近代美術館
弟は何年も家から出ておらず、家族以外の誰とも接しようとしない。
実家に帰ってすぐに、いままでほとんど会話という会話をしたことがない弟と初めて長い時間会話をした。そこでいままで知り得なかった弟のいま考えていることを聞くことができ、
そのとき、とにかく後悔した。
なぜいままでこんなことを無視できたのか。自分にとても腹がたち、そして悲しくなった。
自分には弟を助けることはできないからだ。
彼は外に出ることを望んではいても、それを促しても完全に拒否をしている。
そこには他者への絶対的な恐怖がある。
他者と関わらないければ生きることはできない。
そうだとしても社会の理不尽や他者との関わりを徹底的に拒否する弟を、変えるべきだとは思わない。変えるべきなのは弟なのだろうか。
父は弟によく似ていて人付き合いが得意ではない。
父は毎日英語の勉強をしていて、大きな声で発音の練習をしている。
旅行に行ったり、誰かとコミュニケーションをとるためのものではない。
毎日朝晩欠かさず父の英語を練習する声が聞こえる。
弟は外に出ることができないのに潔癖なほどに汚れていないか気にしていて、毎日欠かさず布団を干したり、一日に二回もお風呂に入る。
それらの行動は、なんとなく恐ろしく感じられる。
かつては弟のことで誰もが苛立っていた状態から比べると今では随分穏やかになり、
それぞれ平穏な日々を過ごしている。
母はガーデニングが趣味でいつも綺麗な花を植えている。
飼っている犬も元気で家族みんな可愛いがっています。
みんな忘れようとしているのかもしれない。今ある状況を。
でも、花でいっぱいの庭をじっと見ているとすこしずつ怖くなり、
それはどうすることもできないと思いだして悲しくなる。





























