社交不安障害という弱さ

幼い頃からいくら努力してもできないことがありました。同じ状況になっても向上していかず、その状況に慣れることもできませんでした。ある日、自分とまったく同じ症状で苦しい思いをしている人がたくさんいることを知り、住んでいる場所から一番近い精神科の病院に行くことにしました。家から近くにあるその病院へはこのとき初めて行きました。なぜなら精神科に行くのは初めてで自分がその病気だと確信してもなかなか行けずにいたからです。緊張しながら診察を受けると、先生から社交不安障害(社会不安障害ともいう。SAD:Social Anxiety Disorder)と診断を受けました。社交不安障害とは、人前や他者との関わりのなかの特定の状況下において、強い不安や恐怖、緊張を感じ、何か失敗してしまうのではないかという心配や強い不安を感じ、次第にそうした場面を避けることにより日常生活が困難になってしまう病気です。私の場合はひどい時だとパニック障害のような症状、突然の動悸、呼吸困難、めまいなどの発作(パニック発作)が起こるときもありました。この症状が現れた初めの記憶は小学校低学年の頃、クラスのみんなの前で研究発表をしているときにまったく何も話せないという状況になったことです。それからというものなるべく人前で話したり注目されるようなことは控えてきましたが、大人になるにつれこの病気によって困ることも出てきたため限界を感じ病院に行ったのでした。この病気で最も辛いことはその辛さを簡単にはわかってもらえないことです。ただしゃべるのが下手な人、おとなしい人、緊張しやすく能力のない人だと思われてしまうことが大半です。大人数の前だけでなく、人によっては少人数で話すときでもプレッシャーに感じてしまうこともあります。人に会うことも話すことと話を聞くことは好きでも、一方的に話をしたり人にわかりやすく説明したりすることがほとんどの場合うまくできません。ほかにも、全身、特に首と足や声が震えたり、人と会話しているだけで手の震えが出たり、声が詰まった感じがしてうまく話せなくなったり、電話に出るのが怖く内容がうまく聞き取れなかったり、疲れやすかったり。SADだけの症状ではないかもしれませんが外からはわかりづらい症状があります。
通っていた病院では最近調子はどうか聞かれてほんの数分話をしていつも通り薬をもらうだけでした。もらっていた薬は毎日飲むもので、たまに飲み忘れるとひどい頭痛に襲われました。診察の日に先生に頭痛の相談をすると、飲み忘れないでくださいと言われるだけでした。それからその病院に通うのはやめてしまいました。症状はまったく改善されず、もうこのまま生きていくしかないという諦めもあります。

この症を持ちながら美術の活動をすることは難しいことだということもわかっています。芸術家はアトリエにこもって作品を作っているだけではありません。ときにはたくさんの人たちに自分の考えを言葉で伝える必要もあります。伝えたいことはたくさんあっても、それが言葉になって音になる寸前に恐怖が滲んできます。頭の中に言葉はどこかへいなくなり、恐怖に支配されてしまいます。くやしくて悲しい。そんな思いをもう何年も繰り返しています。
辛いことが多いこの病ですが、今の活動に生きている一面もあります。これまでのことを思い返すと、かつて作った作品は家族や他人をテーマにしていても、自分の生きづらさが反映されていることは間違いありません。それに、こういった弱さをもっていなければ気づくことができなかった繊細な心の動きや、誰かがかかえる小さな傷にも目を向けることができたのはこの弱さを持っていたからなのかもしれません。
良い病院に通えばある程度は改善されるのかもしれませんが、完全に取り除くことはできないということはわかっています。私が病院に通っていたのはもう何年も前のことですが、このことを誰かに話したことはありません。私がSADだということを知っている人は自分以外にいません。この弱さを持っていると認めることで美術関係の活動はできなくなるかもしれないし、世間は弱い人に厳しいことを知っています。精神障害を持っている人として見られることになる。そう考えると誰にも相談することはできませんでした。

その考え方が変わったのは2019年ごろからでした。《受けとめきれない》という作品を考え始めたころから確実に何かが変わりました。コロナウィルスの影響もあり、社会のあり方が少しづつ変わったこともあるかもしれません。これまでがむしゃらに忙しく動き回っていた人たちも、ゆっくりと行動していた人たちも、これもでのことを振り返ったりこれからのことを考えたり、自分と向き合う時間が増えた時期だったのではないでしょうか。自分と向き合うことはとても孤独な時間です。その孤独と不安に耐えられなかった人もいます。強そうに見えても、どんなに輝いていてもその人にはその人なりの辛さがあるということも学んだ時期だったようにも思えます。息がつまるような時間に感じていた人も少なくないかもしれません。
私はというと、予定していたことが白紙になりコロナの影響をもろに受けてしばらくは落ち込んでいましたが、周りの優しさともう30年以上も自分の弱さと向き合ってきたこともあり、すぐに普段と変わらない精神状態になりました。今まで自分が抱えていたことを世界中が追体験して、重くのしかかっていたものが分散されたようにも感じ、むしろ心穏やかに過ごすことができました。弟のようなずっと外に出ることができなかった人たちも同じように感じていたのかもしれません。

長い時間がかかってしまいましたが表面では笑っていても、ずっと体の芯のあたりにいる小さな自分は泣き叫んでたことにやっと気がつきました。今まで無視し続けて、そんなものいないと決めつけていました。これまで大きな病気もない。優しくしてくれる人たちもいる。それだけでも幸せなこと。本当に大変な人から比べたら辛いわけがないと思っていました。でももう泣いている自分を無視したくはありません。まだ胸をはって自分の弱さをさらけ出せるまではできませんが、いつかは心の底から笑ってほしい。幸せだと思ってほしい。きっといつかは、とそう願っています。

2021.1.18